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2009年01月21日(雑記)

岡本太郎マミ会館

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とある古本市で目にした岡本太郎氏設計のマミ会館である。
実は私が花世界に入った時、この建物で仕事をしていた懐かしい場所なのだ。
残念ながらこの建物老朽化が進み、青い角が調査の結果、大地震が来たら
折れる可能性があると診断され解体せざるを得ない結果になってしまった。
この建物には内外一切直線直角がなく、特に内部に家具や物を配置すると
必ず無駄なスペースが出来てしまう。ある日、太郎先生が遊びに来た時
なぜこの様な建物を考えられたか?質問をしたところ「物を生み出すクリエイティブ
な仕事をしている集団は、使いにくいスペースをいかにうまく生かす事が出来るか!!
僕なりの宿題を出したんだよ」とニンマリなさった事を思い出す。
小生、この建物にも、ある意味で育てられたのかもしれない。
しばし古書市で太郎先生のいたずらっ子笑顔が浮かび先生を懐かしく思い
つい人目を気にしつつデジカメで写真を撮ってしまったのだ。 川崎景太


コメント (7)

KOME:

マミ会館懐かしいですね。
私はこの会館で専攻科を受けました。
3階のお教室で140人くらいの人たちと
授業を受けたことを懐かしく思い出します。
わたしの心に永遠に残り続ける太郎先生の
作品に感謝です。

テル:

以前 この建物の前を毎日通り通勤していた頃を思い出しました。個性があり迫力があり大森名物の一つになっていましたよね。私も二十代の7年間毎日見ていた建物なので、大変懐かしく思います。岡本太郎さんの設計とは知りませんでしたが、
いつも元気をいただいていた建物に感謝です。

コージ園:

昔気になっていた建物です。
大森に・・何の・・誰が・・
いま 謎が解けなした。
川崎さんのフラワーデザインの建物だったのですね。
そして岡本太郎さんのデザイン!!
そういえば、大阪万博の太陽の塔に似てましたね。
ずーと忘れていましたが、この写真を拝見して
懐かしく思い出しました。

キノコ:

以前 岡本太郎美術館で見た事がある建物でした。

大森にあったのですね。変わった形で太郎先生らしい

造形を一度はこの目で見てみたかったものです。

景太さんの作品はこのようなアートの中で

育まれてきたのかと、つい納得です。

一竹展は素晴らしいものでした。今後のますますの

ご活躍 楽しみにしております。

伸子:

懐かしさのあまり投稿いたしました。
景太先生がまだお若い頃、この会館で
勉強しておりました。

角の中にあるらせん階段の壁面の色が
ショキングピンクで鮮やかだったことを
懐かしく思います。

あれから二十数年、すっかり花からは
離れてしまっていますが、今は子供も
巣立ち、また花からパワーをもらいたいと
考えております。

テーブルウエアー展でのデモンストレーション
楽しみにしております。
お体に気をつけて益々ご活躍くださいませ。

りょうたろうsamurai:

大森の怪獣の胸像以前私も見ていました。
私の恩師が施工担当されていた事存じ上げています。
先ほどネットで検索させていただきこのHPを知りました。
宜しければBROG初心者(一週間経過)でお恥ずかしきかぎりですが、わがbrogにお運びいただけたらと存じます。
宜しくお願いいたします。

http://blog.livedoor.jp/takumi_bokukinkoi/archives/66537636.html

2丁目の悪戯っ子:

幼き頃にこの旧マミ会館と天祖神社は子供たちの遊び場で
平日は天祖神社、休日は旧マミ会館
なくなってみて感じる寂しさまで岡本太郎は見ていたのかもしれません。
その頃(昭和50年代)の周りの建物も今ほど高くなく
遠く平和島の子達も旧マミ会館を見ていて
鳥の化け物の建物、怪獣の棲家などと想像を掻き立てていたみたいです。
懐かしき山王の思い出です。

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