« ぽろぽろ ぐずぐず | メイン | 元気の源 »
2009年02月27日(雑記)
アマゾンのヤノマミ族
アマゾンの最深部に1万年以上、独自の文化・風習を守り続けている部族がいる。欧米の人々から“最後の石器人”と呼ばれているヤノマミ族だ。このドキュメンタリーを見た。現代社会とはかけ離れた彼らの生活にしばし唖然とした。
私たちが文明社会の中で忘れてしまった生きる基本や自然との付き合い方。ヤノマミがまだまだ知らない文明の素晴らしさ。どちらがいい悪いということではなく、同じ地球上に今お互い住んでいるという事実が不思議なのだ。
私の結論は出ないが、少なくとも変わりゆくことも発展、変わらぬことも発展なのかと考えさせられた。
このドキュメンタリーを通して、便利は不便、不便は便利ということ、人の体は自然であり心の在り方や精神も自然である方が心地よいと言う事を学んだような気がする。
皆さんも「ヤノマミ?奥アマゾン 原初の森に生きる?」NHKハイビジョンの再放送があったら
是非 見てみてくださいね。驚きです!! 川崎景太
●再放送は、確定し次第、このページにて再度告知させて頂きますが、現在のところ3月中旬には確定する予定。
(予定)NHKスペシャル 放送日
4月12日 日曜日 21:00 ?




コメント (8)
見ました見ました。
ビックリでした。私たちとは全然違う価値観なのですが
ちゃんと集落にはルールがあってみんなが助け合って生きている姿に感動しました。
電気も水道もない生活なのにみんな自然と一体となって
生きている。
今の私には耐えられない生活でしょうが、学ぶことが
たくさんありました。
景太先生のおっしゃった「便利は不便」
わかるような気がします。
不便なところから感性は生まれる
人間の原点を大切に感じました。
日時: 2009年02月28日 10:52
僕の生まれた町は当時と今とでは
まったく違います。
今は便利になりましたが
子を持つ僕としては
小さい頃、夢中で追いかけていた
昆虫とのふれ合いを子供にも体験させてやりたい
思いでいっぱいです。
確かに発展すると失うものも出てきますよね。
バランスのとれた町づくりをもっと
真剣に未来のために考えなくては・・・
日時: 2009年02月28日 13:14
以前「森の精霊」という番組で
アマゾンに住むインディオの生活
ドキュメンタリーを見たことがあります。
進化を遂げた今の文明社会とは
かけ離れたシンプルな彼らの生活
は研ぎ澄まされた五感に満たされ
私たち文明人より、はるかに
優れた精神性を感じました。
私たちの祖先も少なからず
彼らと似た生活をしていたのかと
思うと環境がもたらす影響力の
恐ろしささえ感じました。
是非、再放送見たいと思います。
ご案内ありがとうございました。
日時: 2009年03月01日 03:21
最近購入した携帯は小さい画面に多機能のコンテンツが
映し出されるようになっています。
ここまで必要なのかな!
人間がどんどん小さくなっていく気がします。
私は最低限必要な機能しか使えませんが
携帯は便利、でも今は携帯なくしては生きていけない
小さくなってしまった人が多いのでは?
末恐ろしいことに思えます。
日時: 2009年03月02日 04:28
4月12日NHKのテレビを見てすぐにパソコンで検索、コメント欄があったので、一言 まだまだ未分化の世界があることに改めて驚きを感じた。今日一日世界は一つインターネットのお話を聞いて「なるほど」パソコンを覚えなければ、と考えつつ 今あの場面の中で私もその中の一人であったなら?と考えたならどう答えたならベターか・・・・やはり今のままが最高かなと答えるでしょうね。でもすごいの一言。
日時: 2009年04月12日 23:36
見ました。
赤ん坊をヤニマミ(人間)として受け入れるのか、精霊のまま送り返すのか、母親が選択するというのは大変なことと思いました。ショックです。しかし、文明国でも日本でも同じようなことが人知れず行われて来たことを、改めて思い知らされました。人はどこでも同じように悩みながら暮らしているのでしょう。
日時: 2009年04月13日 05:21
再放送 またまた見てしまいました。
再度衝撃!!
syuku//さんpachさんのご意見に同感です。
考えさせられること・・・考えること・・・
が自分自身の行動における未来の鍵を開く
きっかけになるのかな?
日時: 2009年04月13日 10:22
親の都合で子供を殺すっていうのは、日本でも江戸時代まであった当然の風習
天敵のいない人類は人為的に調整しないと社会が崩壊してしまう
崩壊を発展と言い換え、いまや崩壊しつつある社会は地球環境そのものにまでなってしまった
我々はどこまでいくのだろうか
日時: 2009年04月13日 23:10